仕事や家庭の責任に追われて自分の感情を後回しにしがちな現代人にこそ、涙を流して心を浄化する時間が必要です。
映画『その日の前に』のあらすじや見どころ、実際に鑑賞した人の感想をネタバレなしで解説し、あなたがこの作品を見るべき理由を詳しくお伝えします。
仕事や育児に追われて心が麻痺しそうですが、この映画で思い切り泣くことはできますか?



はい、不器用ながらも懸命に生きる夫婦の姿に自然と涙が溢れ、鑑賞後には温かい気持ちになれます
- 結末のネタバレを含まないあらすじと見どころ
- 永作博美と南原清隆が演じる夫婦への評価
- 映画版独自の演出と原作小説との違い
心の澱を洗い流す「涙」のデトックス映画
仕事や家庭の責任に追われ、自分の感情を後回しにしている現代人にこそ、涙を流して心を浄化する時間が必要です。
忙しい日々の疲れを癒やす大人のための感動作
毎日職場と家の往復を繰り返し、気づけば自分のための時間がほとんどない30代や40代の方にこそ、本作は深く突き刺さります。
余命宣告という重いテーマを扱いながらも、悲嘆に暮れるだけでなく、残された時間をどう輝かせるかに焦点が当てられています。
主人公夫婦の姿を通して、普段は見過ごしてしまいがちな「当たり前の幸せ」の輪郭をはっきりと感じ取れます。
物語が終わる頃には、張り詰めていた心の糸がほどけ、温かい涙とともに明日への活力が湧いてきます。
仕事と育児に追われて心が麻痺しそうですが、この映画で泣けますか?



涙とともに心の重荷を下ろせる、極上のデトックス体験を約束します
「死」を通して日常の尊さを描く物語の真髄
本作は「死」を描くことで、逆説的に「生」の美しさや家族と過ごす何気ない時間の尊さを浮き彫りにしています。
原作者である重松清が得意とする、市井の人々の喜びや悲しみを丁寧にすくい上げる筆致は、映画版でも健在です。
「その日」が来ることを知っているからこそ、交わす言葉や見つめ合う視線の一つひとつが宝石のように輝き始めます。
死別への恐怖を煽るのではなく、限りある時間の中で愛する人とどう向き合うべきかという、人生における普遍的な問いへのヒントが得られます。
映画『その日のまえに』作品情報と豪華キャスト
重松清の感涙小説を映像の魔術師・大林宣彦監督が映画化した本作は、異色かつ豪華なキャスト陣の演技も見逃せません。
| 役名 | 俳優名 | 役柄の備考 |
|---|---|---|
| 日野原健大 | 南原清隆 | 妻の余命宣告に戸惑いながらも寄り添う夫 |
| 日野原とし子 | 永作博美 | 余命宣告を受け入れ、強く美しく生きる妻 |
| 浜岡 | 筧利夫 | 健大の友人で、自身も病を抱える男 |
| 石澤 | 今井雅之 | 浜岡の友人で、彼の最期を見届ける男 |
| 和美 | 柴田理恵 | 息子とともに健大たちと出会う女性 |
| くらむぼん | 原田夏希 | 宮沢賢治の詩を口ずさむ謎めいた少女 |
大林宣彦監督が熱望した重松清原作の映像化
本作は、プロデューサーである大林恭子の推薦を受けた大林宣彦監督が、原作者の重松清に直接手紙を送ったことから企画が始まりました。
2008年に公開されたこの作品は、監督自身のフィルモグラフィーの中でも、デジタル撮影技術と古典的な情感が見事に融合した一本です。
重松清の描くリアリズムあふれる家族の物語に、大林監督特有の映像マジックが加わり、単なる闘病記とは一線を画す作品に仕上がっています。
制作陣と原作者が互いにリスペクトし合う関係性が、作品の随所に温かみとして表れています。
大林監督と重松清さんの組み合わせは、どのような化学反応を起こしていますか?



重松作品の「日常」と大林監督の「非日常」が混ざり合い、幻想的な感動を生んでいます
南原清隆と永作博美が演じる夫婦の絶妙な空気感
バラエティ番組での明るいイメージが強い南原清隆が、死にゆく妻を支える平凡で不器用な夫・健大をシリアスに演じています。
対する永作博美は、死への恐怖を抱えながらも夫を気遣い、気丈に振る舞う妻・とし子を透明感あふれる演技で表現しました。
演技派女優と、演技においては未知数だったお笑い芸人という組み合わせが、逆にリアルな夫婦の距離感やぎこちなさを生み出しています。
撮影が進むにつれて二人の間に流れる空気は濃密になり、本当の夫婦のような絆がスクリーンを通して伝わってきます。
筧利夫や柴田理恵らが彩る深みある群像劇
主人公夫婦の物語と並行して描かれる、別の場所で「その日」に向き合う人々のエピソードも物語に厚みを与えています。
筧利夫と今井雅之が演じる男同士の友情や、柴田理恵が演じる母子の愛情など、複数の「別れ」と「絆」が交錯します。
それぞれのキャラクターが抱える事情や背景が丁寧に描かれており、群像劇としての見応えも十分です。
脇を固めるベテラン俳優たちの確かな演技力が、大林監督のファンタジックな世界観を現実につなぎ止める役割を果たしています。
結末のネタバレなしあらすじと物語の背景
幸せな日常が崩れ去り、「死」に向かって歩き出す夫婦の旅路を静かに見守る物語です。
幸せな家庭に突如訪れた妻への余命宣告
2人の息子に恵まれ、イラストレーターの夫・健大と専業主婦の妻・とし子は、東京郊外のマンションでごくありふれた幸せな生活を送っています。
しかし、とし子の体調不良をきっかけに受けた検査の結果、彼女の体は病に侵されており、余命わずかであるという残酷な宣告が下されます。
昨日まで当たり前だった未来が突然閉ざされ、二人は「死」という抗えない現実の前に立ちすくみます。
それでも、残された時間を悲しみだけで埋め尽くすのではなく、二人らしく生き抜くことを選択します。
悲しいだけの物語だと、見終わった後に落ち込んでしまいませんか?



悲しみの先にある「愛」と「希望」を描いているため、心温まる余韻に包まれます
「その日」を迎えるために旅立つ夫婦の決意
健大は仕事を休み、とし子とともに、かつて二人が新婚時代を過ごした思い出の街や、恩人たちが住む場所を巡る旅に出ます。
入院生活が始まる前の限られた自由な時間を使って、二人は自分たちの人生の足跡を一つひとつ確かめるように歩みます。
子供たちには「旅行に行ってくる」とだけ告げ、夫婦水入らずの時間の中で、互いへの感謝や伝えきれていなかった想いを共有します。
旅の道中で出会う人々との交流が、二人の心に小さな明かりを灯し、来るべき別れへの覚悟を少しずつ固めていきます。
思い出の街で再確認するかけがえのない時間
かつて暮らしたアパートや馴染みの商店街は、時間の流れとともに変わってしまったものもあれば、変わらずにそこにあるものもあります。
過去の自分たちの幻影と対話するかのような不思議な体験を通して、二人は「幸せだった時間」が確かに存在したことを再確認します。
とし子の故郷である海辺の町でのエピソードは、彼女のルーツと生命の輝きを鮮烈に印象づけます。
旅を終えた後、自宅で待つ子供たちに真実を告げ、家族全員で「その日」を迎える準備を整えます。
映画『その日のまえに』の泣ける見どころ3選
映画ならではの演出と演技が光る、特に注目すべき3つのポイントを紹介します。
| 順位 | 見どころ | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 1 | 永作博美の演技 | 死を前にした女性の強さと儚さの表現 |
| 2 | 大林監督の演出 | 現実と幻想が入り混じる独特の映像美 |
| 3 | 宮沢賢治の世界観 | 物語のテーマを深める詩と風景の引用 |
永作博美が見せる儚くも強い妻・とし子の表情
永作博美の演技は、本作における最大の涙腺崩壊ポイントであり、観る者の魂を震わせます。
病の進行とともに痩せ細っていく外見の変化だけでなく、夫に向ける慈愛に満ちた眼差しや、ふとした瞬間に見せる死への恐怖など、微細な感情の揺れを見事に体現しています。
「私、死ぬの怖くないよ。
あなたと出会えたから」というような、言葉にできない想いを表情だけで語るシーンは圧巻です。
彼女の演技を見るためだけに、この映画を鑑賞する価値が十分にあります。
大林ワールドによるファンタジックな映像演出
大林宣彦監督の作品に見られる特徴的な映像表現、通称「大林ワールド」が本作でも随所に散りばめられています。
グリーンバックを使用した合成映像や、意図的に現実感を消した色彩設計が、死という重いテーマを寓話的で優しい物語へと昇華させています。
リアルな闘病ドキュメンタリーを期待すると違和感を覚えますが、心象風景を映像化したものとして捉えると、その美しさに引き込まれます。
亡くなった人や過去の記憶が現在に重なる描写は、映画というメディアだからこそ可能な表現です。
独特な演出があるそうですが、映画の世界観に入り込めますか?



ファンタジー要素が「死」の重さを和らげ、優しい物語へ誘います
物語に深みを与える宮沢賢治の詩と世界観
劇中では、とし子の故郷である岩手県花巻市出身の詩人・宮沢賢治の詩が引用され、物語の精神的な支柱となっています。
「永訣の朝」や「雨ニモマケズ」などの言葉が、登場人物たちの心情や、生と死の境界線を象徴するように響きます。
原田夏希演じる謎の少女・くらむぼんが口ずさむ詩は、現実の悲しみを癒やす鎮魂歌のような役割を果たしています。
宮沢賢治が描いたイーハトーブ(理想郷)の世界観が、本作のラストに向けた希望のメッセージと重なり合います。
実際に鑑賞した人々の評価と感想レビュー
多くの視聴者が涙した感動作ですが、演出の好みに起因する賛否も存在します。
| 評価 | 内容 |
|---|---|
| 感動 | 家族愛や夫婦の絆に号泣した、心が洗われた |
| 演技 | 永作博美が素晴らしい、南原清隆の不器用さが良い |
| 演出 | 大林ワールド全開で美しい、ファンタジー要素が強すぎる |
| 脚本 | 原作の良さを活かしている、詰め込みすぎ感がある |
号泣必至と評される家族の絆を描いた温かさ
**3.0 その日の前も、その日も、その日の後も、一生懸命生きて下さい**
https://eiga.com/movie/53887/
夫婦は、共にその日まで、一生懸命生きる事を選ぶ…。
夫婦と子供たち、家族の物語。ナンチャンと永作博美が演技力に差があり過ぎるが(どっちがどっちとは言うまでもない)、思いやる夫婦をほっこり好演している。
**3.5 いきなり『ハウス』のセルフパロディから・・・そしてUFO**
https://eiga.com/movie/53887/
残りの人生を賭してまで夫と息子を気遣う永作博美の優しさには感動するのですが、残された人たちにとっては“その日のあとに”といったイメージが残ります。
演出や演技の好みが分かれる賛否両論の声
**2.0 ごめんなさい。映画の世界に没入出来ませんでした**
https://eiga.com/movie/53887/
大林監督の作品ということで期待して観ましたが。
**3.0 ナンチャンが・・・**
https://eiga.com/movie/53887/
このそれぞれの結論を追うのに必死なのと、
南原の演技の拙さでちょっと興ざめかな。
あとは細かい演出が、狙いなのか外してるのか微妙で、
(笑)みたいになるのが、
この作品のテーマに合ってない気もする。
実際に観た人はどのような感想を持ったのか、正直な声が知りたいです



賛否両論も含めて、ありのままの評価をお伝えします
不器用な夫の姿に重なる「普通の幸せ」の尊さ
南原清隆の演技に対しては厳しい意見も見られますが、プロの俳優ではない彼が演じるからこそ、「ごく普通の夫」というリアリティが生まれています。
器用に悲しみを演じきれない姿が、かえって予期せぬ不幸に直面した一般人の戸惑いをリアルに表現していると評価する声も少なくありません。
彼の素朴な存在感が、永作博美の神がかった演技を引き立て、バランスの取れた夫婦像を作り上げています。
完璧ではない人間たちが懸命に生きる姿こそが、観る者の心に静かな共感を呼び起こします。
原作小説と映画版における表現の違い
原作の連作短編小説を一本の映画にするにあたり、構成や表現方法にいくつかの変更が加えられています。
| 項目 | 原作小説 | 映画版 |
|---|---|---|
| 構成 | 独立した7つの短編 | 全体を繋げた一つの長編物語 |
| 視点 | 複数の主人公の視点 | 主に健大ととし子の夫婦の視点 |
| 表現 | 内面描写重視の文章 | 映像と音楽による詩的表現 |
連作短編を一本の長編として再構築した構成美
重松清の原作は、それぞれ独立した短編が集まった連作形式ですが、映画ではそれらのエピソードを巧みに絡ませて一つの時系列にまとめています。
原作では別々の物語として描かれていた登場人物たちが、映画の中では同じ世界線で交差するように再構成されています。
これにより、個々のエピソードが持つテーマ性が増幅され、映画全体として大きなうねりを生み出すことに成功しました。
原作を知っている人にとっては、どのようにエピソードが繋げられているかを確認する楽しみもあります。
映像だからこそ伝わる音楽と風景の感動
文章で読む感動とは異なり、映画では美しい音楽とロケーションが物語の情緒を一層高めています。
特に、とし子たちが旅する風景や、クライマックスの花火のシーンなどは、映像ならではの圧倒的な美しさで迫ります。
劇中に流れる旋律は、登場人物の言葉にならない感情を代弁するかのように優しく響き渡ります。
視覚と聴覚の両方から訴えかける演出により、原作が持つ温かい世界観を直感的に味わえます。
細やかな心理描写を補完する原作小説の魅力
映画では時間の制約上、描ききれなかった登場人物の微細な心理描写や、映画では触れられなかったエピソードが原作小説には詰まっています。
映画を観て感動した方は、ぜひ原作小説も手に取り、健大やとし子の心の声を文字で追体験することをおすすめします。
映像で見た風景を思い浮かべながら小説を読むことで、物語の深みがさらに増し、新たな発見と感動に出会えます。
『重松清「その日のまえに」小説版の感想・あらすじはこちら』
別れへの不安を希望に変える作品の概要
いつか訪れる大切な人との別れを恐れるのではなく、今ある時間を愛おしむためのヒントがここにあります。
週末の夜に一人静かに涙を流したいあなたへ
一週間の疲れが溜まった週末の夜、部屋の明かりを少し落とし、温かい飲み物を用意して、この映画と向き合ってみてください。
日常の喧騒から離れ、物語の世界に没入することで、凝り固まった心がゆっくりと解きほぐされていきます。
思い切り涙を流すことは、心の毒素を排出し、また次の日から頑張るためのエネルギーチャージになります。
誰にも邪魔されない自分だけの時間に、この映画は最高のパートナーとなります。
大切な人に会いたくなる温かな余韻の正体
映画を見終えた後、あなたの心には悲しみよりも、「家族に会いたい」「声を聞きたい」という前向きな感情が残ります。
離れて暮らす両親に電話をかけたり、隣で眠る子供の顔を覗き込んだりしたくなるはずです。
それは、この映画が死別という悲劇を描きながらも、その根底には揺るぎない家族の愛と絆があることを教えてくれるからです。
『その日のまえに』は、あなたの人生における大切な人との時間を、より輝かしいものへと変えてくれる一作です。
映画『その日のまえに』作品情報と豪華キャスト
2008年に公開された本作は、巨匠・大林宣彦監督が重松清の原作小説に惚れ込み、原作者へ自ら手紙を書いて映画化を実現させた情熱的な作品です。
お笑い界のトップランナーである南原清隆と、日本を代表する実力派女優の永作博美が夫婦役を演じるという、意外性に満ちたキャスティングが話題を呼びました。
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 作品名 | その日のまえに |
| 公開日 | 2008年11月1日 |
| 原作 | 重松清 |
| 監督 | 大林宣彦 |
| 脚本 | 市川森一 |
| 主演 | 南原清隆(ウッチャンナンチャン)、永作博美 |
映像の魔術師と呼ばれる大林監督と、日常の機微を描く名手である重松清のコラボレーションが、観る者の心に静かな波紋を広げます。
大林宣彦監督が熱望した重松清原作の映像化
本作における「制作経緯」とは、単なるビジネス上の企画ではなく、監督個人の強い想いから始まったプロジェクトであることを意味します。
大林宣彦監督の妻でありプロデューサーの大林恭子が原作を推薦し、感動した監督が重松清に直接手紙を送って映画化の承諾を得ました。
脚本には『傷だらけの天使』などで知られる名手・市川森一を迎え、2008年の公開当時には第21回東京国際映画祭の特別招待作品にも選出されています。
原作小説が持つ「死」という重いテーマを、大林監督ならではの幻想的な映像美で包み込むことで、温かみのあるヒューマンドラマへと昇華させました。
| 制作スタッフ | 担当 |
|---|---|
| 大林宣彦 | 監督・編集 |
| 市川森一 | 脚本 |
| 重松清 | 原作 |
| 大林恭子 | プロデューサー |
| 學草太郎 | 音楽 |
重松清作品のファンなのですが、独特な映像演出で原作の良さが消えてしまっていないか気になります



詩的な映像演出が原作の持つ「死生観」と見事に調和し、映像だからこそ伝わる深い感動を生んでいます
原作者と監督の魂が共鳴し合った本作は、映画ファンだけでなく小説ファンにとっても納得の仕上がりです。
南原清隆と永作博美が演じる夫婦の絶妙な空気感
本作では物語の時間経過に沿って順番に撮影を行う「順撮り」という手法が採用されており、役者自身が役柄と共に時間を積み重ねています。
バラエティ番組で見せる快活な姿とは異なり、南原清隆は「死」の恐怖に直面する平凡な夫を演じ、永作博美は日に日に弱りながらも美しく輝く妻を体現しました。
撮影が進むにつれて南原清隆は役に入り込み、妻役の永作博美に対して強く感情を揺さぶられたと語っています。
実際に鑑賞した人々のレビューでも、この二人の演技バランスについて多くの言及がなされています。
**3.0 その日の前も、その日も、その日の後も、一生懸命生きて下さい**
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大林宣彦監督2008年の作品。
原作は重松清の同名小説、脚本は市川森一と豪華布陣。
2人の息子がおり、付き合い始めた頃から仲睦まじい健大ととし子の夫婦。
そんな幸せな日々が突然…。
とし子が病で余命1年…。
難病モノだが、大林監督が手掛けると湿っぽいお涙頂戴にならず。
病院の許可を得、健大も仕事を休み、2人で若い頃に住んでいた思い出の地を久し振りに訪ねる。
変わっている所もあれば、変わっていない所も。
貧しかったけど、夢や愛情に満ち溢れて、幸せだったあの頃。
それは今も。
イラストレーターの仕事をしている夫の傍らで、猫のように寝そべっているだけでも。
幸せは、幸せだと気付く前に、過ぎ去ってしまう。
そして、後悔する。あの時、自分が足で落としたペンを拾おうとしたから…。
そうではない。遅かれ早かれ、唐突であっても、“その日”は必ずやって来る。
ならば、その日の前に、その日をどう迎えるか。
夫婦は、共にその日まで、一生懸命生きる事を選ぶ…。
夫婦と子供たち、家族の物語。ナンチャンと永作博美が演技力に差があり過ぎるが(どっちがどっちとは言うまでもない)、思いやる夫婦をほっこり好演している。
同じく余命宣告を受けた男と、再会した旧友の物語。筧利夫と今井雅之が男の友情。
妻の故郷の岩手の偉人、宮沢賢治。
その宮沢賢治の詩を歌う不思議な少女。原田夏希が印象的。
少女の歌に聞き惚れる中年女性と、その息子。柴田理恵他、豪華なキャスト。
それらが交錯する群像劇。
延々と喋り続ける登場人物、延々と流れ続ける音楽、ユニークな映像表現。
ノスタルジックで、切なくて、ファンタスティックな雰囲気を醸し出す。
好きか嫌いか分かれる作風だが、大林ワールドはいつもながら。
ファンタスティックであっても本当のファンタジーではなく、ヒューマン・ドラマ。
その日は近付いてくる。
隠していた子供たちにも話す。
家族皆で、その日を。
そして…、遂にその日が。
その日まで懸命に生き、心の準備も、どう迎えるかも、覚悟していたのに、分かっていた事なのに。
この家族だけではなく、複数の大事な人との死別も描かれる。
友人、母子家庭、妹、家族…。
辛い。悲しい。
誰もが経験ある筈。
その日のあとに。
その日の前の生活を取り戻そうとしていたある日、妻から手紙が。
その一文に嗚咽。
そんな事、出来る訳ない。
クライマックスの盆の花火。
劇中の生者と死者が会する。
永遠の別れなんて無い。
さようなら。
でも、忘れないよ。
本作は2008年。この8年後に、大林監督は癌で余命宣告を受けた。
今見ると、大林監督はその日の前に、その日をどう迎えたか。
…いや、分かり切っている。
映画を撮り続けた。それはつまり、生き続けた。
ラストの台詞が全てを表している。
バラエティのイメージが強いナンチャンが主演で、物語に深く入り込めるのか心配です



その不器用さが等身大の夫としてのリアリティを生み出し、永作さんの儚い演技をより一層引き立てています
永作博美の圧倒的な表現力と、それを受け止める南原清隆の素朴な存在感が、かけがえのない夫婦の時間をリアルに映し出しました。
筧利夫や柴田理恵らが彩る深みある群像劇
ここでの「群像劇」とは、主人公夫婦だけでなく、複数の登場人物たちが抱える物語が交錯し、一つの大きなテーマを描き出す手法を指します。
本作では、余命宣告を受けた男とその旧友、孤独を抱える母子など、3つ以上の異なる「別れ」の形が丁寧に織り込まれています。
主演の二人を取り巻く共演者も豪華で、筧利夫や今井雅之が演じる男の友情や、柴田理恵が演じる母親の愛情など、それぞれの人生模様が涙を誘います。
脇役たちのエピソードが決して蛇足にならず、むしろ物語全体のメッセージ性を強固なものにしています。
| キャスト名 | 役柄とエピソードの概要 |
|---|---|
| 筧利夫・今井雅之 | 余命宣告を受けた男と再会した旧友との友情物語 |
| 柴田理恵 | 少女の歌に聞き惚れる母親としてのエピソード |
| 原田夏希 | 宮沢賢治の詩を歌う不思議な少女役 |
| 風間杜夫 | 物語に深みを与える重要な役どころ |
夫婦の話だけでなく他の人のエピソードもあることで、感情移入先が分散してしまわないですか



すべての物語が「大切な人との別れ」という一点で繋がっており、作品の世界観に厚みと説得力を与えています
実力派俳優たちが演じるそれぞれの人生が重なり合うことで、観る人は自分の境遇に近いキャラクターにきっと共感できます。
結末のネタバレなしあらすじと物語の背景
当たり前の日常を送っていた夫婦が、避けられない「別れ」に向き合い、残された時間をどう生きるかを選択していく物語です。
幸せな家庭に突如訪れた妻への余命宣告
余命宣告とは、医師から患者本人や家族に対して、病気の進行により残された生存期間の目安を告げる行為です。
ある日突然、イラストレーターの夫・健大と二人の息子に囲まれて暮らす妻・とし子に、末期ガンによる余命宣告が下されます。
昨日までそこにあった「変わらない毎日」が一瞬にして崩れ去り、いつか来ると分かっていても直視してこなかった「死」が現実のものとして目の前に立ちはだかります。
| 登場人物 | 状況 | 心境 |
|---|---|---|
| 夫・健大 | 突然の宣告に動揺 | 現実を受け入れられず狼狽する |
| 妻・とし子 | 死への恐怖と家族への愛 | 残される家族を案じて気丈に振る舞う |
| 子供たち | 母の異変を敏感に察知 | 言葉にできない不安を抱える |
余命宣告なんてドラマの中だけの話だと思っていました



誰もがそう信じて疑わない「日常」の脆さを、この作品は容赦なく突きつけてきます
家族で囲む食卓や何気ない会話の一つひとつが、二度と戻らない輝きを放ち始めます。
「その日」を迎えるために旅立つ夫婦の決意
夫婦は、病院のベッドでただ死を待つのではなく、自分たちらしく「その日」を迎えるために行動を起こします。
健大は仕事を休み、とし子と共に二人が出会い、愛を育んだ思い出の街や人々を訪ねる旅に出ます。
迫りくる死の恐怖に震えながらも、二人は「最後まで夫婦として、家族として生き抜くこと」を選択します。
| 選択 | 内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 旅に出る | 思い出の場所を巡る | 二人の歴史を振り返り心の整理をする |
| 人に会う | 恩人や旧友を訪ねる | 感謝を伝え、生きた証を心に刻む |
| 嘘をつかない | 子供たちに真実を話す | 家族全員で「その日」に向き合う |
ただ悲しむだけじゃなくて、最期まで生きようとする姿が素敵です



悲しみの中にある「強さ」こそが、この映画が私たちに伝えたい希望の光です
残された時間の短さを嘆くよりも、その時間をどれだけ濃密に過ごせるかに焦点が当てられていきます。
思い出の街で再確認するかけがえのない時間
二人が訪れるのは、若い頃に暮らした街や海辺、そしてとし子の故郷です。
かつて夢を語り合った場所や、貧しくとも幸せだった時代のアパートを巡る中で、二人は互いの存在の大きさを改めて噛みしめます。
風景は変わってしまっていても、二人が共有してきた時間の重みや温かさは、何一つ変わることなくそこに息づいています。
| 場所 | エピソード |
|---|---|
| 古いアパート | 新婚時代を過ごした場所での思い出 |
| 海辺の町 | かつて友人たちと過ごした青春の日々 |
| 故郷の風景 | とし子のルーツと家族の絆 |
昔住んでいた場所に行くと、不思議と当時の気持ちが蘇りますよね



場所の記憶は心の記憶そのものであり、二人の旅は人生の答え合わせのような時間です
旅を通して、二人は「失うことへの恐怖」を、「出会えたことへの感謝」へと昇華させていきます。
映画『その日のまえに』の泣ける見どころ3選
重いテーマを扱いながらも、観る人の心を優しく包み込む本作ならではの魅力を厳選して紹介します。
| 順位 | 見どころ | ポイント |
|---|---|---|
| 1 | 永作博美の演技 | 儚さと強さが同居する圧巻の表情 |
| 2 | 大林ワールド | 悲劇をファンタジーに変える魔法の映像 |
| 3 | 宮沢賢治の世界観 | 物語に哲学と深みを与える詩の引用 |
永作博美が見せる儚くも強い妻・とし子の表情
名演とは、役柄の感情が憑依したかのように、観客の心を揺さぶり離さない演技のことです。
永作博美演じる妻・とし子は、迫りくる死の恐怖に怯えながらも、夫の前では愛らしい笑顔を見せようと努めます。
彼女のふとした瞬間に見せる、死への根源的な恐怖と、家族への断ちがたい愛情が入り混じった表情は、見る者の涙腺を刺激してやみません。
- 夫を見つめる慈愛に満ちた眼差し
- 一人になった時に見せる震えるような孤独
- 子供たちを抱きしめる母としての強さ
永作さんの笑顔を見るだけで、なんだか泣けてきちゃいます



彼女の演技は「演技」を超えて、一人の女性の人生そのものを映し出しています
言葉以上に雄弁な彼女の瞳が、物語の切なさを何倍にも増幅させています。
大林ワールドによるファンタジックな映像演出
大林ワールドとは、大林宣彦監督特有の、意図的な合成や書き割りのような背景を用いた、非現実的で幻想的な映像表現のことです。
本作では、死という重く辛い現実を、あえて絵本のようなファンタジックな映像で包み込むことで、悲惨さを和らげ、物語を寓話的な美しさへと昇華させています。
現実と非現実の境界が曖昧な映像は、生と死の境界すらも優しく溶かしていきます。
- 鮮やかすぎるほど美しい夕焼けの空
- 過去と現在がシームレスに交差する編集
- 劇中の人物が語りかけてくるようなメタ的な演出
合成っぽい映像に最初は違和感があったけど、だんだん引き込まれました



その「違和感」こそが、現実の苦しみを癒やす優しい魔法として機能しています
この独特な演出技法により、映画全体がまるで美しい走馬灯のような輝きを放ちます。
物語に深みを与える宮沢賢治の詩と世界観
劇中では、とし子の故郷である岩手県の偉人・宮沢賢治の詩が引用され、物語の精神的な支柱となっています。
特に「永訣の朝」や「春と修羅」などの詩が朗読されるシーンは、死別が単なる終わりではなく、宇宙的な生命の循環の一部であることを示唆しています。
詩の言葉が持つ力が、個人の悲しみをより普遍的な「愛と祈り」の物語へと押し広げます。
- 「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の引用
- 生と死をつなぐ役割としての詩の朗読
- 銀河鉄道の夜を彷彿とさせる星空の描写
宮沢賢治の詩って、難しそうだけど心に響く言葉が多いですね



彼の詩が持つ透明な悲しみが、この映画のトーンと完璧に共鳴しています
文学的な要素が加わることで、単なるお涙頂戴の難病ものではなく、大人の鑑賞に堪えうる深い作品になっています。
実際に鑑賞した人々の評価と感想レビュー
多くの観客が涙した一方で、独特な演出やキャスティングには好みが分かれる側面もあります。
| 評価 | 内容 | 傾向 |
|---|---|---|
| 良い点 | 家族の絆に号泣できる | 重松清ファン・感動を求める層 |
| 気になる点 | 演出や演技の癖が強い | リアリティ重視・映画通の層 |
号泣必至と評される家族の絆を描いた温かさ
実際に映画を観た多くの人が、夫婦の姿や家族のあり方に深く感動し、涙を流しています。
特に、自分自身の家族や大切な人を重ね合わせ、「日常の大切さに気づいた」というポジティブな声が数多く寄せられています。
**3.0 その日の前も、その日も、その日の後も、一生懸命生きて下さい**
https://eiga.com/movie/53887/
大林宣彦監督2008年の作品。
原作は重松清の同名小説、脚本は市川森一と豪華布陣。
2人の息子がおり、付き合い始めた頃から仲睦まじい健大ととし子の夫婦。
そんな幸せな日々が突然…。
とし子が病で余命1年…。
難病モノだが、大林監督が手掛けると湿っぽいお涙頂戴にならず。
(中略)
夫婦は、共にその日まで、一生懸命生きる事を選ぶ…。
**3.5 いきなり『ハウス』のセルフパロディから・・・そしてUFO**
https://eiga.com/movie/53887/
大林流の幻想的叙事詩といった雰囲気が十分伝わってきて、岩手出身の妻とし子(永作)から宮沢賢治へと発展し、いつの間にか「あめゆじゅとてちてけんじゃ」という言葉の世界に魅了される作品となっていました。
(中略)
この映画制作の時点での大林監督はまだガン告知は受けていないと思うのですが、とし子がそのまま大林監督と重なって見えてしょうがない。「忘れてもいいよ」なんて言葉は本当に言い出しそうだけど、ファンの心の中にはきっと残ると思う。
やっぱりみんな泣いちゃうんですね、ハンカチ必須かも



自分と重なる部分を見つけたとき、涙は自然と溢れてくるものです
悲しい物語でありながら、見終わった後に温かい気持ちになれる点が高く評価されています。
演出や演技の好みが分かれる賛否両論の声
大林監督の個性的な映像表現や、お笑い芸人である南原清隆の起用については、違和感を覚えるという意見も見受けられます。
没入感を削がれると感じるか、作品の味として受け入れるかで評価が分かれるポイントです。
**2.0 ごめんなさい。映画の世界に没入出来ませんでした**
https://eiga.com/movie/53887/
大林監督の作品ということで期待して観ましたが。
**3.0 ナンチャンが・・・**
https://eiga.com/movie/53887/
これ、あらすじだけ見ると、すっごく泣けるんだろうなと思ってましたが、
そこは大林作品、逆に身構えて観ました。きっと大して泣けないだろうと。
予想通りの、唐突な筋の乱立からの、最後で何とかまとめられた。
(中略)
このそれぞれの結論を追うのに必死なのと、
南原の演技の拙さでちょっと興ざめかな。
(中略)
相変わらず好き放題やっちゃってる、大林監督でした。
ナンチャンの演技って、そんなに気になるものなんですか?



俳優としては素朴すぎるきらいがありますが、そこが逆に「普通の人」っぽくて良いという見方もできます
演出の好みが合わない場合もありますが、それも含めて作家性の強い映画であることは間違いありません。
不器用な夫の姿に重なる「普通の幸せ」の尊さ
批判的な意見もある南原清隆の演技ですが、あえて「不器用な夫」として見ることで、物語のリアリティが増します。
プロの俳優ではない彼が演じるからこそ、妻の死に直面してただ呆然とし、何もできない無力な夫の姿が生々しく伝わってきます。
格好いいヒーローではなく、どこにでもいる普通の夫が懸命に妻を支えようとする姿に、観客は自分自身の姿を重ね合わせることができます。
- 言葉に詰まる姿のリアルさ
- 妻の前で無理して笑うぎこちなさ
- 何もできないもどかしさの表現
完璧じゃない夫だからこそ、感情移入しちゃうのかもしれませんね



不器用な優しさこそが、もっとも深く心に響く愛の形なのかもしれません
飾らない演技が醸し出す「普通の幸せ」の尊さは、本作の隠れた魅力の一つです。
原作小説と映画版における表現の違い
原作小説と映画では、物語の構成や伝え方にそれぞれの特徴と良さがあります。
| 項目 | 映画版 | 原作小説版 |
|---|---|---|
| 構成 | 一本の長編ドラマとして再構築 | 独立した連作短編の集合体 |
| 表現 | 映像と音楽による直接的な情動 | 言葉による緻密な心理描写 |
| 視点 | 夫婦の旅路と群像劇 | 各短編ごとの主人公の視点 |
連作短編を一本の長編として再構築した構成美
連作短編とは、それぞれ独立した短編小説でありながら、全体として一つの世界観やテーマを共有している作品形式です。
重松清の原作は7つの短編からなりますが、映画版ではそれらのエピソードを解体し、夫婦の物語を軸にして巧みに織り交ぜています。
別々の物語だった登場人物たちが、映画の中では同じ街ですれ違い、影響を与え合う一つの大きな群像劇として再構築されています。
- 「ひこうき雲」や「潮騒」などのエピソードを統合
- 複数の「別れ」を同時並行で描く手法
- 映画オリジナルのつながりの創出
短編をつなげるなんて、映画ならではの工夫なんですね



バラバラだったピースが一つの絵になるような、構成の妙を楽しめます
複数の人生が交錯することで、死別というテーマがより多角的に描かれています。
映像だからこそ伝わる音楽と風景の感動
映画版の最大の強みは、美しい風景や心揺さぶる音楽が、ダイレクトに感情に訴えかけてくる点です。
ロケ地となった街のノスタルジックな雰囲気や、クライマックスの夜空に咲く花火の美しさは、文章だけでは味わえない感動を与えてくれます。
特に、大林監督こだわりの色彩設計は、悲しい物語を温かい記憶として脳裏に焼き付けます。
- 夕暮れの街並みの切なさ
- 登場人物の心情に寄り添う旋律
- 視覚的な「大林マジック」の美しさ
綺麗な景色と音楽があると、余計に泣けちゃいそうです



言葉にならない感情を、映像と音が優しく代弁してくれます
目と耳から入ってくる情報が、物語への没入感を格段に高めてくれます。
細やかな心理描写を補完する原作小説の魅力
映画で描かれた夫婦の心情を、より深く言葉で味わいたい方には原作小説もあわせて読むことをおすすめします。
重松清ならではの、痛いほど繊細で優しい筆致は、映画では描ききれなかった内面の葛藤や、言葉にできない想いを丁寧にすくい上げています。
映画を観た後に読むことで、登場人物たちへの理解がさらに深まります。
- [重松清「その日のまえに」小説版の感想・あらすじはこちら]
- 夫・健大のモノローグの詳細
- 映画にはないエピソードの補完
映画のあとに本を読むと、また違った発見がありそうですね



映像で全体像を掴んでから、文字で心の内側に潜るのが一番贅沢な楽しみ方です
映画と小説、両方のメディアに触れることで、この作品の世界観を余すことなく堪能できます。
別れへの不安を希望に変える作品の概要
死別という悲しい結末を描きながらも、観終わった後には生きる力が湧いてくる稀有な作品です。
週末の夜に一人静かに涙を流したいあなたへ
仕事や家事に追われ、自分の感情を後回しにしているあなたにこそ、この映画が必要です。
金曜日の夜、子供たちが寝静まったあとに、お気に入りのお酒や温かい飲み物を用意して、一人静かにこの映画を観てください。
溜め込んでいた心の澱を涙とともに流し出すデトックスの時間は、明日からまた笑顔で頑張るためのエネルギーになります。
- 誰にも邪魔されない自分だけの時間
- 心置きなく泣ける環境作り
- 疲れた心への極上の処方箋
たまには思いっきり泣いてスッキリしたい気分です



この映画は、そんなあなたの心の扉を優しくノックしてくれます
悲劇を消費するのではなく、自分の人生を愛するための涙を流すことができます。
大切な人に会いたくなる温かな余韻の正体
この映画を観終わったとき、あなたの心に残るのは「悲しみ」ではなく、大切な人への「感謝」です。
遠くに住む両親に電話をかけたくなったり、寝ている子供の寝顔を撫でたくなったり、隣にいるパートナーに「ありがとう」と言いたくなったりします。
当たり前の日常がいつか終わることを知っているからこそ、今ここにある幸せを全力で抱きしめたくなるのです。
- 別れへの漠然とした不安の解消
- 「今」を大切にするマインドセット
- 人とのつながりの再確認
観終わったら、実家の母に電話してみようかな



その気持ちこそが、この映画が私たちにくれた一番の贈り物です
『その日のまえに』は、いつか訪れる別れの日まで、私たちがどう生き、どう愛するべきかを静かに教えてくれる道しるべです。
映画『その日のまえに』の泣ける見どころ3選
本作を鑑賞する上で見逃せないポイントは、死別という重いテーマを「生きる希望」へと変換する演出の魔法にあります。
物語を彩る3つの要素が複雑に絡み合うことで、単なるお涙頂戴ではない、心に深く刻まれる感動が生まれます。
| 見どころ | 注目ポイント |
|---|---|
| 永作博美の演技 | 儚さの中に宿る母性と妻としての強さ |
| 大林ワールド | 死の恐怖を温かさに変える映像マジック |
| 宮沢賢治の世界 | 物語に普遍的な祈りを添える詩の引用 |
これら3つの要素がどのように作用し、観る者の涙腺を刺激するのかを詳しく解説します。
永作博美が見せる儚くも強い妻・とし子の表情
主人公の妻・とし子を演じる永作博美の、言葉少なに語りかける繊細な表情演技は本作最大の魅力です。
余命宣告を受けたあとも夫を気遣い、残り少ない時間を慈しむ姿は、見る者の心に静かな衝撃を与えます。
演技だけで泣けるものなのでしょうか



台詞のないシーンでの表情こそ、雄弁に感情を語りかけてきます
| 泣ける演技のポイント | 詳細 |
|---|---|
| 夫を見つめる眼差し | 言葉以上の愛と感謝が溢れる優しい瞳 |
| 死への恐怖と強がり | 不安を隠して笑顔を作る健気な振る舞い |
| 母親としての覚悟 | 子供たちへ残すメッセージに込めた想い |
彼女がふと見せる寂しげな微笑みは、家族と過ごす日常がいかに奇跡的な時間であるかを痛感させます。
大林ワールドによるファンタジックな映像演出
「大林ワールド」とは、大林宣彦監督特有の合成技術や幻想的な色彩を用いた映像表現のことです。
リアルな闘病生活を描くのではなく、あえて非現実的な映像を織り交ぜることで、死という重い現実を寓話的に描き出しています。
現実的なドラマを求めているのですが、ファンタジー要素は邪魔になりませんか



むしろファンタジーだからこそ、死という重い現実を温かく受け入れられます
| 大林演出の特徴 | 効果 |
|---|---|
| 独特な台詞回し | 詩的なリズムが言葉を心に浸透させる |
| 合成映像の使用 | 過去と現在、生と死の境界を曖昧にする |
| ノスタルジックな色彩 | 記憶の中にある懐かしい風景を喚起する |
現実と幻想が入り混じる演出によって、物語は単なる悲劇から、魂の救済を描いた普遍的なドラマへと昇華されています。
物語に深みを与える宮沢賢治の詩と世界観
劇中では宮沢賢治の詩が引用され、物語の精神的な支柱として重要な役割を果たしています。
特に詩集『春と修羅』に収められた妹トシへの挽歌は、妻を失う夫の心情と重なり、深い共感を呼び起こします。
文学的な知識がなくても理解できる内容ですか



詩の内容は劇中で優しく語られるため、予備知識がなくても心に響きます
| 関連するキーワード | 物語とのつながり |
|---|---|
| 永訣の朝 | 最愛の妹との別れが夫婦の姿と重なる |
| あめゆじゅ | 死にゆく者が求める最期の清らかさ |
| 岩手の風景 | とし子の故郷として描かれる原風景 |
賢治の言葉が物語に奥行きを与え、個人の悲しみを、時を超えて共有される人類共通の祈りへと変えています。
実際に鑑賞した人々の評価と感想レビュー
多くの観客が涙を流した感動のポイントと、特徴的な演出に対する正直な反応を整理して紹介します。
映画全体を通して家族の絆や日常の尊さが描かれている一方で、監督独自の映像表現やキャスティングには好みが分かれる側面もあります。
| 評価の傾向 | 主な意見 |
|---|---|
| 良い点 | 家族の絆に涙が止まらない 当たり前の日常の尊さを再確認できる 永作博美の儚げな演技が素晴らしい |
| 気になる点 | 独特な映像演出に好みが分かれる 夫役の演技に違和感を持つ人がいる 物語の展開や合成映像が気になる |
号泣必至と評される家族の絆を描いた温かさ
「号泣」とは、単に悲しいから泣くのではなく、心の奥底にある温かい感情が揺さぶられて涙があふれる状態を指します。
この映画では、余命宣告を受けた妻とそれを受け止める家族の姿を通して、誰もが共感できる普遍的な愛が丁寧に描かれています。
鑑賞した多くの人が、悲劇的な展開の中にも希望や温かさを感じ取り、自身の家族を思い出して涙しています。
特に、クライマックスからラストにかけての展開は、涙なしには見られない浄化の時間を与えてくれます。
**3.0 その日の前も、その日も、その日の後も、一生懸命生きて下さい**
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大林宣彦監督2008年の作品。
原作は重松清の同名小説、脚本は市川森一と豪華布陣。
2人の息子がおり、付き合い始めた頃から仲睦まじい健大ととし子の夫婦。
そんな幸せな日々が突然…。
とし子が病で余命1年…。
難病モノだが、大林監督が手掛けると湿っぽいお涙頂戴にならず。
病院の許可を得、健大も仕事を休み、2人で若い頃に住んでいた思い出の地を久し振りに訪ねる。
変わっている所もあれば、変わっていない所も。
貧しかったけど、夢や愛情に満ち溢れて、幸せだったあの頃。
それは今も。
イラストレーターの仕事をしている夫の傍らで、猫のように寝そべっているだけでも。
幸せは、幸せだと気付く前に、過ぎ去ってしまう。
そして、後悔する。あの時、自分が足で落としたペンを拾おうとしたから…。
そうではない。遅かれ早かれ、唐突であっても、“その日”は必ずやって来る。
ならば、その日の前に、その日をどう迎えるか。
夫婦は、共にその日まで、一生懸命生きる事を選ぶ…。
夫婦と子供たち、家族の物語。ナンチャンと永作博美が演技力に差があり過ぎるが(どっちがどっちとは言うまでもない)、思いやる夫婦をほっこり好演している。
同じく余命宣告を受けた男と、再会した旧友の物語。筧利夫と今井雅之が男の友情。
妻の故郷の岩手の偉人、宮沢賢治。
その宮沢賢治の詩を歌う不思議な少女。原田夏希が印象的。
少女の歌に聞き惚れる中年女性と、その息子。柴田理恵他、豪華なキャスト。
それらが交錯する群像劇。
延々と喋り続ける登場人物、延々と流れ続ける音楽、ユニークな映像表現。
ノスタルジックで、切なくて、ファンタスティックな雰囲気を醸し出す。
好きか嫌いか分かれる作風だが、大林ワールドはいつもながら。
ファンタスティックであっても本当のファンタジーではなく、ヒューマン・ドラマ。
その日は近付いてくる。
隠していた子供たちにも話す。
家族皆で、その日を。
そして…、遂にその日が。
その日まで懸命に生き、心の準備も、どう迎えるかも、覚悟していたのに、分かっていた事なのに。
この家族だけではなく、複数の大事な人との死別も描かれる。
友人、母子家庭、妹、家族…。
辛い。悲しい。
誰もが経験ある筈。
その日のあとに。
その日の前の生活を取り戻そうとしていたある日、妻から手紙が。
その一文に嗚咽。
そんな事、出来る訳ない。
クライマックスの盆の花火。
劇中の生者と死者が会する。
永遠の別れなんて無い。
さようなら。
でも、忘れないよ。
本作は2008年。この8年後に、大林監督は癌で余命宣告を受けた。
今見ると、大林監督はその日の前に、その日をどう迎えたか。
…いや、分かり切っている。
映画を撮り続けた。それはつまり、生き続けた。
ラストの台詞が全てを表している。
悲しすぎて立ち直れなくなりそうで不安なのですが、大丈夫でしょうか?



温かい余韻が残るため、見終わった後は悲しみよりも家族への感謝で心が満たされます。
物語は「死」を扱っていますが、決して絶望だけを描いているわけではありません。
演出や演技の好みが分かれる賛否両論の声
「賛否両論」の大きな要因は、大林宣彦監督ならではの幻想的な映像表現と、キャスティングの妙にあります。
合成を多用した独特な画面作りや、舞台演劇のような台詞回しは、リアルなドラマを期待する観客にとっては没入感を妨げる要因になります。
また、夫役を演じた南原清隆の演技についても、シリアスな場面での表情やトーンに違和感を持つ人が少なくありません。
映画の世界観に入り込めるかどうかが、評価の分かれ目となります。
**2.0 ごめんなさい。映画の世界に没入出来ませんでした**
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大林監督の作品ということで期待して観ましたが。
**3.0 ナンチャンが・・・**
https://eiga.com/movie/53887/
これ、あらすじだけ見ると、すっごく泣けるんだろうなと思ってましたが、
そこは大林作品、逆に身構えて観ました。きっと大して泣けないだろうと。
予想通りの、唐突な筋の乱立からの、最後で何とかまとめられた。
南原・永作夫婦の話。
筧・今井雅人の友情話。
ヒロシ・宝生舞の恋バナ。
柴田理恵の親子愛の話。
そして大筋となる、宮沢賢治の詩集の話。
このそれぞれの結論を追うのに必死なのと、
南原の演技の拙さでちょっと興ざめかな。
あとは細かい演出が、狙いなのか外してるのか微妙で、
(笑)みたいになるのが、
この作品のテーマに合ってない気もする。
相変わらず好き放題やっちゃってる、大林監督でした。
独特な演出についていけるか少し心配ですが、楽しめるでしょうか?



最初は戸惑うかもしれませんが、その違和感も含めて「大林ワールド」として楽しむのがコツです。
評価が分かれることをあらかじめ知っておくことで、過度な期待をせずに作品の本質的なメッセージを受け取れます。
不器用な夫の姿に重なる「普通の幸せ」の尊さ
「不器用な夫」である健大の姿は、映画的なヒーローではなく、私たちの隣にいる普通のパートナーそのものです。
妻の病気に対して何もできない無力感や、それでも笑顔で支えようとするぎこちなさが、かえって現実味を帯びて心に響きます。
永作博美が演じる妻・とし子の深い愛情と、それに応えようとする夫の姿は、失って初めて気づく日常のかけがえのなさを教えてくれます。
特別なドラマではなく、日々の暮らしの中にこそ本当の幸せがあるのだと気づかされます。
**3.5 いきなり『ハウス』のセルフパロディから・・・そしてUFO**
https://eiga.com/movie/53887/
大林流の幻想的叙事詩といった雰囲気が十分伝わってきて、岩手出身の妻とし子(永作)から宮沢賢治へと発展し、いつの間にか「あめゆじゅとてちてけんじゃ」という言葉の世界に魅了される作品となっていました。
元は重松清の短編らしいのですが、日野原(南原)家族の描写だけではなく、セロ弾きのクラムボン君繋がりで保険外交員の柴田理恵親子、そして浜岡の街繋がりで今井雅之と筧利夫のエピソード、さらに彼らの過去にあたる海辺でのオカちゃんのパートへと広がりを見せているのです。
最も幻想的だったのはセロ弾きのクラムボン君と謎の駅長君、そして宮沢賢治の亡くなった妹トシについてでした。残りの人生を賭してまで夫と息子を気遣う永作博美の優しさには感動するのですが、残された人たちにとっては“その日のあとに”といったイメージが残ります。
この映画制作の時点での大林監督はまだガン告知は受けていないと思うのですが、とし子がそのまま大林監督と重なって見えてしょうがない。「忘れてもいいよ」なんて言葉は本当に言い出しそうだけど、ファンの心の中にはきっと残ると思う。
ロケ地は常総線の水海道駅。その駅前からの商店街はかなりシャッターが閉まっているのですが、今はどうなってるんでしょう。住むには居心地が良さそうなのですが・・・
夫の演技が少し心配ですが、感情移入できるポイントはありますか?



不器用さが生むリアリティこそが、完璧ではない私たちの日常に重なり、涙を誘うスパイスになります。
華やかな演技合戦とは違う、静かで不器用な夫婦のやり取りにこそ、この作品の真価があります。
原作小説と映画版における表現の違い
原作小説と映画版の最も大きな違いは、物語を紡ぐ構成のアプローチにあります。
原作は独立した短編が集まった連作形式ですが、映画ではすべてのエピソードが同時進行する群像劇として描かれています。
それぞれの媒体が持つ特性を活かし、異なる角度から「死」と「生」の尊さを浮き彫りにしています。
| 比較項目 | 映画版 | 原作小説 |
|---|---|---|
| 構成 | 複数の物語が交錯する群像劇 | 独立した連作短編形式 |
| 視点 | 俯瞰的で幻想的な視点 | 主人公の内面に深く寄り添う視点 |
| 表現 | 映像と音楽によるファンタジー | 言葉によるリアリティのある心理描写 |
物語の骨格は同じでも、受ける印象や感動の種類は異なります。
映画ならではの祝祭的なラストシーンと、小説ならではの静謐な余韻、どちらも味わい深い体験となります。
連作短編を一本の長編として再構築した構成美
映画版における最大の特徴は、原作にある複数の短編エピソードを分解し、一本の長編映画として再構築している点です。
原作では時間軸や場所が異なる物語が、映画では「浜岡」という架空の街を舞台に、同時多発的に進行するドラマとして描かれています。
健大ととし子の夫婦以外にも、3組の登場人物たちが織りなす「別れ」の物語が重層的に絡み合い、物語の深みを強調しています。
それぞれの人生が交差し、影響を与え合う様子は、映画独自のダイナミズムを生み出しています。
| 登場人物 | エピソードの内容 |
|---|---|
| 健大・とし子夫婦 | 余命宣告を受けた妻と夫の「最後の日々」 |
| 同級生の男たち | 筧利夫と今井雅之が演じる男の友情と別れ |
| 親子の物語 | 柴田理恵演じる母と子が向き合う家族の絆 |
原作を読んでいなくても物語の展開についていけますか



脚本家の市川森一が見事に一つの物語としてまとめ上げているため、映画から入っても全く問題ありません
複数の人生がクライマックスの花火大会で一つに収束していく構成は圧巻です。
個々の悲しみはやがて大きな「生命の賛歌」へと昇華され、見る者を温かい感動で包み込みます。
映像だからこそ伝わる音楽と風景の感動
大林宣彦監督の代名詞とも言える「大林ワールド」は、現実と非現実の境界を曖昧にする幻想的な映像美で、重くなりがちなテーマを優しく包み込みます。
合成技術をあえて多用した絵本のような画面作りは、死への恐怖を和らげ、物語を普遍的な寓話へと変える力を持っています。
劇中では宮沢賢治の詩が引用され、20世紀初頭のノスタルジックな世界観が現代の風景と重なり合います。
美しい音楽とともに流れる日本の原風景は、失われつつある「故郷」の記憶を呼び覚まし、心の奥底にある琴線に触れます。
| 映像化の要素 | 効果 |
|---|---|
| 風景描写 | ノスタルジックな日本の町並みが郷愁を誘う |
| 音楽演出 | 感情を揺さぶる旋律が涙腺を刺激する |
| ファンタジー表現 | 死別という重い現実を温かい童話のように見せる |
古い映画のような独特な映像表現に違和感はありませんか



あえてリアリティを消した映像演出が物語の優しさを際立たせ、不思議と心に馴染みます
視覚と聴覚から直接訴えかける映画の手法は、理屈を超えた感情の揺らぎをもたらします。
美しい映像の中に身を委ねるだけで、心の澱がゆっくりと浄化されていく感覚を味わえます。
細やかな心理描写を補完する原作小説の魅力
登場人物が抱える言葉にできない葛藤や心の機微は、文字で綴られた原作小説でこそ、より深く味わうことができます。
映画では役者の表情や風景に託された感情も、小説では丁寧な独白として描かれ、読み手の心に直接語りかけてきます。
特に主人公の健大が抱える無力感や、とし子の死を受け入れようとする過程は、数ページにわたって繊細に描写されています。
映画を見た後に小説を読むことで、映像の記憶が文字情報と結びつき、より鮮明に彼らの心情を理解できるようになります。
| 小説版の魅力 | 詳細 |
|---|---|
| 心理描写 | 主人公の揺れ動く感情を詳細に追体験できる |
| 重松清の文体 | 読み手の心に寄り添うような優しい筆致 |
| 読書体験 | 自分のペースで一文一文を噛みしめられる |
映画ですでに泣いてしまいましたが小説も読むべきですか



映像で全体像を把握した後に読むことで、登場人物の心の声がより深く胸に響きます
映画で流した涙の意味をもう一度深く噛みしめたい方は、ぜひ『重松清「その日のまえに」小説版』も手に取ってみてください。
映像とはまた違う静かな感動が、あなたの日々を支える糧となります。
別れへの不安を希望に変える作品の概要
忙しい日々に疲れを感じている人が、映画『その日のまえに』を通して心の澱を洗い流す体験を得るための概要を解説します。
週末の夜に一人静かに涙を流したいあなたへ
仕事と育児に追われて感情を押し殺す毎日に疲れ、心のままに涙を流してすっきりしたいのですが、この映画はそんな気分の時に合いますか?



はい、本作は静かに涙を流して心を浄化したい週末の夜にこそ、手にとっていただきたい映画です。
毎日職場や家庭で気を張りつめ、自分の感情を後回しにしている方にとって、本作は最高のデトックス効果をもたらします。
物語は「死」という重いテーマを扱っていますが、決して絶望だけを描いているわけではありません。
登場人物たちが織りなす優しく温かい人間ドラマは、凝り固まった心をゆっくりと解きほぐしてくれます。
誰にも気兼ねすることなく、あふれ出る涙をそのまま流す時間は、明日への活力を養うための大切な儀式となるはずです。
大切な人に会いたくなる温かな余韻の正体
悲しい結末の映画を見ると気持ちが沈んでしまいそうで不安なのですが、見終わった後にどんな気持ちになれる作品なのですか?



悲しみよりも「今ある幸せを大切にしたい」という前向きな温かさが胸に残る作品です。
この映画が見終わった後に残すのは、喪失感ではなく、大切な人に会いたくなるような温かな余韻です。
主人公夫婦が過ごす残された時間は、悲嘆に暮れるためだけのものではなく、互いの愛を確かめ合うための尊い旅路として描かれます。
「いつか訪れる別れ」を意識することで、逆説的に「今目の前にある日常」がいかに輝いているかを実感できます。
観賞後には、離れて暮らす両親に電話をかけたり、眠っている子供の寝顔を愛おしく眺めたりしたくなる、そんな優しい気持ちに包まれます。
映画『その日のまえに』作品情報と豪華キャスト
2008年に公開された本作は、原作者と監督の強い想いが重なり合い、異色とも言えるキャスティングで実現した意欲作です。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 作品名 | その日のまえに |
| 公開年 | 2008年 |
| 監督 | 大林宣彦 |
| 原作 | 重松清 |
| 脚本 | 市川森一 |
| 主演 | 南原清隆、永作博美 |
大林宣彦監督が熱望した重松清原作の映像化
なぜ大林宣彦監督はこの小説を映画化しようと思ったのか、その経緯や作品に込めた想いを知りたいです。



監督自身が原作に深く感銘を受け、原作者へ直接手紙を送るほどの熱量で企画がスタートしました。
映画界の巨匠である大林宣彦監督が、重松清の連作短編集『その日のまえに』に出会い、その世界観に強く惹かれたことからすべてが始まります。
大林監督は妻でありプロデューサーの大林恭子の推薦をきっかけに原作を読み、重松清へ直筆の手紙を送って映画化を打診しました。
「死」を見つめることで「生」を浮き彫りにするテーマは、大林作品に通底するメッセージと深く共鳴しています。
この運命的な出会いが、文学的な深みと映像的なファンタジーが融合した、唯一無二のヒューマンドラマを生み出しました。
南原清隆と永作博美が演じる夫婦の絶妙な空気感
お笑い芸人の南原清隆さんと実力派女優の永作博美さんが夫婦役というのは、少し違和感がありそうで心配です。



一見不釣り合いに見える二人のバランスこそが、現実にいそうな「普通の夫婦」のリアリティを生み出しています。
主演に抜擢された南原清隆は、テレビでの明るいイメージを封印し、妻の余命宣告に戸惑う平凡な夫・健大を誠実に演じています。
対する永作博美は、死を前にしてなお家族を気遣う妻・とし子を、透明感あふれる演技で表現しました。
演技力に定評のある永作博美がリードしつつ、南原清隆の持つ朴訥(ぼくとつ)とした雰囲気が、長年連れ添った夫婦の「阿吽の呼吸」を見事に体現しています。
不器用ながらも妻を支えようとする夫の姿は、見る人の心に「自分たちの姿」を投影させる説得力を持っています。
筧利夫や柴田理恵らが彩る深みある群像劇
| キャスト名 | 役柄・特徴 |
|---|---|
| 筧利夫 | 余命宣告を受けた男役で、男の友情を熱演 |
| 今井雅之 | 筧利夫の友人を演じ、コミカルかつ切ない演技を披露 |
| 柴田理恵 | 親子愛を体現する母親役で、物語に深みを与える |
| 風間杜夫 | 物語の鍵となる人物を演じ、重厚な存在感を示す |
本作は主人公夫婦だけでなく、複数の登場人物たちが織りなす「別れ」と「再生」の群像劇としても楽しめます。
筧利夫と今井雅之が演じるエピソードでは、死を前にした男同士の不器用な友情が描かれ、夫婦愛とは異なる感動を呼びます。
また、柴田理恵が演じる母親と息子の物語は、残される家族の心情を丁寧にすくい上げています。
実力派俳優たちがそれぞれの「その日のまえに」を演じることで、物語全体に多層的な厚みが生まれています。
結末のネタバレなしあらすじと物語の背景
物語の中心となるのは、突如として期限付きの生を突きつけられた夫婦が、残された日々をどう生きるかという心の変遷です。
幸せな家庭に突如訪れた妻への余命宣告
あらすじの始まりはどのような展開なのか、物語の導入部分について教えてください。



どこにでもいる幸せな4人家族の日常が、妻への突然の余命宣告によって一変するところから始まります。
イラストレーターの健大と妻のとし子は、二人の息子に囲まれて平穏で幸せな日々を送っています。
しかし、ある日とし子の体に病が見つかり、医師から残酷な余命宣告が下されます。
当たり前だと思っていた明日が来ないかもしれないという現実は、家族全員に大きな動揺をもたらします。
昨日までの日常が急速に遠のいていく中で、夫婦は「死」という避けられない運命と向き合うことを余儀なくされます。
「その日」を迎えるために旅立つ夫婦の決意
絶望的な状況の中で、夫婦は残された時間をどのように過ごすことを選んだのでしょうか?



ただ病院で死を待つのではなく、二人が若き日を過ごした思い出の街を巡る旅に出ることを決意します。
「その日」が来るのをただ悲観して待つことは、二人にとって耐えがたいことでした。
健大は仕事を休み、とし子は病院から一時外出の許可を得て、二人が出会い、愛を育んだ場所へと向かいます。
それは逃避行ではなく、自分たちの人生を肯定し、最期の時間を輝かせるための前向きな選択です。
旅を通して二人は、夫婦として過ごした年月の重みと、互いへの感謝を深く心に刻んでいきます。
思い出の街で再確認するかけがえのない時間
旅先での出来事を通して、二人の関係や心境にどのような変化が訪れるのか知りたいです。



かつて暮らした街の変わらない風景と変わってしまった現実を重ね合わせ、日常の尊さを再確認します。
思い出の街には、貧しくても夢を語り合ったアパートや、二人で歩いた商店街が当時の面影を残しています。
懐かしい人々との再会や、美しい風景に触れる中で、とし子は「普通の幸せ」がいかに奇跡的なものであったかを噛み締めます。
健大もまた、妻の笑顔を見ることで、彼女を失う恐怖を超えて「今この瞬間」を共に生きる喜びを見出します。
旅の終わりが近づくにつれて、二人の心には静かな覚悟と、永遠に消えることのない愛の絆が結ばれていきます。
映画『その日のまえに』の泣ける見どころ3選
本作の見どころは、涙なしには見られないキャストの演技と、監督独自の世界観が融合した映像美にあります。
| 順位 | 見どころポイント | 特徴 |
|---|---|---|
| 1位 | 永作博美の演技 | 儚さと強さが同居する妻の表情 |
| 2位 | 大林ワールド | 現実と空想が交錯する映像演出 |
| 3位 | 宮沢賢治の詩 | 物語に哲学的な深みを与える引用 |
永作博美が見せる儚くも強い妻・とし子の表情
永作博美さんの演技が素晴らしいと聞きますが、具体的にどのようなシーンで心を揺さぶられますか?



死の恐怖を抱えながらも、夫や子供たちに精一杯の笑顔を向ける健気な姿に涙が止まりません。
永作博美は、徐々に病魔に侵されていくとし子の肉体的な変化だけでなく、精神的な揺らぎも見事に演じきっています。
ふとした瞬間に見せる寂しげな眼差しと、家族の前で見せる母としての強さのギャップが、観る者の胸を締め付けます。
特に、夫に対して「私を忘れてもいいよ」と語りかけるシーンや、言葉にならない想いを目だけで伝える場面は圧巻です。
彼女の演技は「死にゆく人」の悲哀だけでなく、「生き抜く人」の尊厳を強く感じさせてくれます。
大林ワールドによるファンタジックな映像演出
大林宣彦監督の作品は独特な映像表現が多いと聞きますが、この映画ではどのように作用していますか?



合成技術や舞台的な演出を駆使した「大林ワールド」が、重いテーマを幻想的なおとぎ話のように昇華させています。
本作では、現実の風景の中に非現実的な色彩や合成映像が大胆に取り入れられています。
一見すると違和感を覚えるような演出も、死と隣り合わせの状況にある主人公たちの主観的な世界観として機能しています。
現実の厳しさを直視しつつも、どこか夢の中のような浮遊感が漂うことで、悲劇性が和らぎ、優しい祈りのような印象を与えます。
このファンタジックな映像美こそが、本作を単なる闘病記とは一線を画す芸術作品へと高めています。
物語に深みを与える宮沢賢治の詩と世界観
物語の中に宮沢賢治の要素が含まれているそうですが、映画のテーマとどのように関わっているのですか?



「あめゆじゅとてちてけんじゃ」などの詩が引用され、死は終わりではなく宇宙の一部へ還ることだと示唆しています。
とし子の故郷が岩手県であることから、劇中には宮沢賢治の詩や童話の世界観が頻繁に登場します。
妹トシとの死別を経験した宮沢賢治の言葉は、愛する人を失う健大の心に寄り添うように響きます。
「永訣の朝」の一節が詠まれるシーンでは、個人の死を超越した生命の循環や、魂の救済といったテーマが浮かび上がります。
文学的な要素が映像と融合することで、観客は物語から哲学的なメッセージを受け取ることになります。
実際に鑑賞した人々の評価と感想レビュー
実際に映画を観た人々の間では、感動の声が多数を占める一方で、独特な演出には好みが分かれる評価も見られます。
| 評価 | 内容 |
|---|---|
| 良い点 | 家族愛に感動して号泣した、温かい気持ちになれた |
| 悪い点 | 演出が独特すぎて没入できない、南原清隆の演技が気になる |
号泣必至と評される家族の絆を描いた温かさ
**3.0 その日の前も、その日も、その日の後も、一生懸命生きて下さい**
https://eiga.com/movie/53887/
夫婦と子供たち、家族の物語。ナンチャンと永作博美が演技力に差があり過ぎるが(どっちがどっちとは言うまでもない)、思いやる夫婦をほっこり好演している。
同じく余命宣告を受けた男と、再会した旧友の物語。筧利夫と今井雅之が男の友情。
妻の故郷の岩手の偉人、宮沢賢治。
その宮沢賢治の詩を歌う不思議な少女。原田夏希が印象的。
少女の歌に聞き惚れる中年女性と、その息子。柴田理恵他、豪華なキャスト。
それらが交錯する群像劇。
**3.5 いきなり『ハウス』のセルフパロディから・・・そしてUFO**
https://eiga.com/movie/53887/
最も幻想的だったのはセロ弾きのクラムボン君と謎の駅長君、そして宮沢賢治の亡くなった妹トシについてでした。残りの人生を賭してまで夫と息子を気遣う永作博美の優しさには感動するのですが、残された人たちにとっては“その日のあとに”といったイメージが残ります。
演出や演技の好みが分かれる賛否両論の声
**2.0 ごめんなさい。映画の世界に没入出来ませんでした**
https://eiga.com/movie/53887/
大林監督の作品ということで期待して観ましたが。
**3.0 ナンチャンが・・・**
https://eiga.com/movie/53887/
南原の演技の拙さでちょっと興ざめかな。
あとは細かい演出が、狙いなのか外してるのか微妙で、
(笑)みたいになるのが、
この作品のテーマに合ってない気もする。
不器用な夫の姿に重なる「普通の幸せ」の尊さ
南原清隆さんの演技に批判的な声もあるようですが、映画全体の感動を損なうほどのものでしょうか?



むしろその「演技っぽくない不器用さ」が、普通の夫としてのリアリティを高めていると感じます。
確かにプロの俳優である永作博美と比較すると、南原清隆の演技は拙く見える部分があることは否めません。
しかし、突然の悲劇に直面して狼狽し、どう振る舞えばいいかわからない夫の姿としては、非常にリアルに映ります。
かっこよく決めることができない等身大の男性像だからこそ、観客は自分自身を重ね合わせることができます。
彼の飾らない存在感が、物語を「作られたドラマ」ではなく「私たちの隣にある日常」として感じさせてくれます。
原作小説と映画版における表現の違い
連作短編小説である原作と映画版では、物語の構成や表現方法にいくつかの大きな違いがあります。
| 項目 | 原作小説 | 映画版 |
|---|---|---|
| 構成 | 独立した連作短編集 | 一本の長編物語として再構築 |
| 視覚・聴覚 | 文字による想像力 | 映像美と音楽による演出 |
| 心理描写 | 内面を深く掘り下げる | 表情や風景で感情を表現 |
連作短編を一本の長編として再構築した構成美
原作は短編集とのことですが、映画ではどのように一つの物語としてまとめられているのですか?



原作の複数の短編に登場するエピソードやキャラクターを、巧みにクロスオーバーさせて一つの群像劇に仕上げています。
原作『その日のまえに』は、それぞれ独立した短編からなる連作集ですが、映画版ではそれらが同時進行する物語として統合されています。
例えば、原作では別の短編の主人公である人物が、映画では健大・とし子夫婦とすれ違ったり、関係性を持ったりする構成になっています。
これにより、個々のエピソードが断絶することなく、一つの街で起きている多様な人生ドラマとして有機的に繋がります。
脚本家・市川森一の手腕により、映画ならではのダイナミックな流れと統一感が生まれています。
映像だからこそ伝わる音楽と風景の感動
小説と比較して、映画版ならではの魅力やメリットはどのような点にありますか?



美しいロケ地の風景や心に響く音楽が、言葉以上に感情を揺さぶる「体験」を提供してくれる点です。
文字情報だけではイメージしきれない美しい夕暮れの街並みや、季節の移ろいが映像として目の前に広がる感動は格別です。
また、大林宣彦監督作品に欠かせない音楽の効果も絶大で、シーンに合わせて流れる旋律が涙腺を刺激します。
役者たちの微細な表情の変化や声のトーンといった非言語情報は、観る者の感情にダイレクトに訴えかけます。
読書に時間を割くのが難しい時でも、映画なら2時間で
まとめ
忙しい日々に疲れた心を癒やす本作は、余命宣告を受けた夫婦が懸命に生きる姿を通して、当たり前の日常が持つ尊さを教えてくれます。
- 永作博美の儚くも強い演技と南原清隆の等身大の夫像
- 大林宣彦監督によるファンタジックで温かい映像演出
- 悲しみだけでなく生きる希望を感じさせる鑑賞後の余韻
- 原作小説とあわせて楽しむことで深まる物語の世界観
今週末は温かい飲み物を片手にこの映画を鑑賞し、思い切り涙を流して心の澱を洗い流してください。









